コレクター・ユイ
第198.143.141.94話
「消えたIPアドレス」
刻は丑満つ時、場所はコムネット内チャットルーム。
その場はいつものように平和な空気が溢れていた。
「遅い、遅すぎるでありまする!」
突然叫んだのはIR。
http経由でインターネットで情報を集めている最中なのだ。
突然の叫び声に、背伸びをして大あくびをしていたコントロルは椅子から転げ落ちそうになる。
「なんだ?どうした?」
何事かと尋ねるコントロル。さっきまでの態度とは全く違う変わりようだ。
コントロルが驚いている間に、IRは結と連絡を取り始めた。
途端にIRの動作は緩慢になる。
現実世界の時間経過に合わせるため、動作速度が256分の1になったのだ。
「『どきどきわくわくグレアネット』に異常が発生しているでありまする!」
傍でIRと結の超スローモーな会話を聞きながら、コントロルは出動の準備をとっくに終えていた。
「この無駄な時間はなんとかならないか...?」
コントロルは誰かに聞こえるように愚痴った。
しばしのコムネット時間が流れた後、秘密鍵で個人認証を済ませた結が
コレクターズのチャットルームに入ってきた。
「お待たせ〜。むにゃむにゃ…」
…眠そうである。さっきまで眠り姫のように深い眠りに落ちていたのだから当然だ。
そこへIR、間髪を入れる隙もなく、
「コレクターズ出動でありまする〜!」
「それは俺の科白だ〜!」
「アクセス…」
いつもの調子でコレクターズは出動した。
「ここが『どきどきわくわくグレアネット』ね?バグルスは見当たらないけど。」
先陣を切って結が到着。
「結ちゃん、このネットにはバグルス反応は無いわ。」
いつの間にかレスキューが側に居る。
「コレクターアイに先を越されたのか?」
斜めに肩を落とすコントロル。
「いや、このネットはまだおかしいでありまするよ。」
IRの言葉に、安堵気味の一同は再び警戒を強める。
改めて見回してみると、現実世界から会話を求めてやって来た人達が大勢居る事がわかる。
良く見てみると、客をもてなすバーチャルスタッフも小人数ではあるがそれに混じっている。
一人でやって来た客の相手をするのが主な目的らしい。
とその時、コレクターズの到着を察知した数名のグループがコレクターズに近付いて来た。
彼らはこのネットの異常にいちはやく気付き、コレクターズの到着を待っていたのだという。
「私はFEZ。彼がAconitumさんで、彼が蘭Aboutさん。
さっきからネットのレスポンスが悪くて会話にならないんだ。
しかも時間が狂っててタチが悪いのさ(苦笑)」
さっきまで何をしていたのか、鎧と刀を身にまとった怪しい風貌の男が状況を説明した。
「しかもDNSで正引きすら出来ないんです。」
Aconitumなる人物がフォローした。
「私には何のことだか(笑)」
どうやら蘭Aboutなる人物だけはこの状況をあまり気にしていないようだ。
一通り彼らから情報を聞き出したあと、隣で頭を抱えている結を尻目にIRがまとめだす。
「身共が調査したところ、どうやらサーバ上で暴走したプロセスがあるようでありまする。
そのプロセスがCPUリソースを食いつぶしているでありまするよ。」
聡明なレスキューも続ける。
「時間が狂ってるのはバーチャルスタッフが時計合わせをサボっているせいね。」
半分正解だった。
「運営者の質が悪いね」Aconitumなる人物が完答を呟く。
そう。そもそもこのネットには時計合わせのためのバーチャルスタッフが存在していないのだ。
「ユイ殿!まずは暴走プロセスをイニシャライズするのが先でありまするよ!」
相変わらず頭を抱えている結にIRが呼びかける。
さっぱり理解出来てない結だったが、従ったほうがいいような気がした。
「エレメントスーツ、ミラクルダウンロードっ!」
更衣室に駆け込んだ結はユイになって出て来た。お約束とはいえ、バレバレである。
ネットの中央部に入り込んだユイ達がそこで見たもの。
それは、ネットとは全く無関係のプロセスが肥大化した成れの果てだった。
近隣のリソースを巻き込み、光沢のあるどす黒い物体が今にも破裂しそうなほどビンビンに張っている。
「ユイちゃん、あれが暴走プロセスよ!シグナルハンドラにHUPシグナルを送って!」
意味のわからないレスキューの言葉に戸惑いつつもユイは『コレクターイニシャライズ』でイニシャライズを試みる。
イニシャライズした途端、プロセスは跡形もなく消滅した。
「済んだの?」IRと目を合わせながらユイは一安心している様子。
「自我は保っていたようだな。」コントロルも安堵する。
レスキューは周りを見渡している。さっきまでは隠れて見えなかった随所に妙な物体が転がっている。
「コアメモリの断片がこんなに…」レスキューは少し悲しそうな顔で呟いた。
「ずさんね…」もう一度呟いたその科白に、ユイ以外のコレクターズは頷いた。
外に出てみると、ネット内は活気に溢れていた。
「お陰で快適な会話を楽しめるようになったよ」鎧の男がコレクターズに礼を言う。
コレクターズが格闘していた間にAconitumなる人物はネットからヴァーチャルアウトしていたようだ。
鎧の男は続けてこう伝える。
「ただ、未だにDNSサーバが動いてないみたいなんだ。」
困り果てた彼らは、そろそろネットからヴァーチャルアウトするようだ。
「あとはよろしく頼むよ」と鎧の男は言い残して去った。
「まだ問題は残っているようだな」とコントロル。
「ネットの情報を調べてみるでありまする。しばしお待ちくだされ。」
IRは、お得意の方法でインターネットに直にアクセスしているようだ。
「whoisサーバによりますと、このネットは伊藤忠グループのネットワークに接続されているようでありまする。」
「しかもドメインにIPアドレスは割り当てられていない故、ホスティングと考えるのが妥当でありまするな。」
次々にネットの素性が明らかになっていく。IRは検索を続ける。
それによると、このネットのアドレスを管理しているDNSサーバは、今音信不通になっているらしい事がわかり、
サーバはカリフォルニアのサンノゼに存在している事などが明らかになった。
「このネット内に居る人達は、DNSのキャッシュにより辛うじてアクセス出来ているのね。」
レスキューは相変わらず鋭い。
「幹線かサーバがダウンしている可能性があるな。」
普段は空回りばかりのコントロルもこの時ばかりはと恰好を付けた。
結局、この時点で原因を特定出来る者は誰も存在しなかった。
翌日。
「原因がわかったであ〜りま〜する〜!」
いつものようにIRが叫びながらコレクターズのチャットルームに入って来た。
その場に居合わせたのは、結とシンクロとレスキュー、それに犬養博士だった。
「身共が先程DNSサーバにアクセスしてみたところ、サーバが復活していたでありまする!」
続けてIRは事の真相を話しはじめた。
「重要なのはDNSサーバの場所が変化している所にありまする。」
例に倣って結以外の全員が、この時真相を掴んだ。
「IIJを経由した経路に変更されているのね。」
IRが口からプリントアウトしたログを見ながら、レスキューは納得する。
「そうでありまする。昨日のIPアドレス消失事件は、DNSの引っ越しによるトラブルだったのでありまする〜!」
さすがにこの説明で結もなんとなくわかったような気になった。
「決定的なのはこれじゃな。」
犬養博士が指したログは、伊藤忠のネット情報変更日時を指していた。
その日時は、まさについ先刻、DNSが復活したタイミングだった。
「まったく、人騒がせなやつだ」シンクロは呟いた。
そしてコムネットに平和が戻った。
えっ?このイカサマショートって続くんですか?(笑)