私はこの曲は好きです。
しかし、この曲に対する感想はあまり明るい物ではありません。
端的に言えば「どろどろしている」といった所です。
しかし今日の演奏はその印象を払拭してしまうようなものでした。
更に言えば私はこの演奏を聴いて「ゲルギエフの真価は静寂にあり」と確信してしまいました。
先ず冒頭の弦のうねるような動きからして凄い。
おどろおどろしく何処か滑稽なその部分が実はあんなに美しい調べだったとは驚きでした。
特に「第一の誘惑」のクラリネット・ソロの部分の美しさといったらありません。
スローテンポで奏でられるソロ自体も珠玉の出来栄えだし、そのソロを支える弦の微かな響きもまた絶妙なのです。
そして、この手の美しさは徹頭徹尾感じられたのです。
これはかなり幸せでした。
しかし、問題が全く無かった訳ではありません。
どうも金管セクションが押えられすぎているような気がするのです。
確かに「第三の誘惑」などはゲルギエフらしい大袈裟なまでの派手さを演出していました。
しかし、そういった「見せ場」以外が妙に寂しいのです。
このことは最初は気が付きませんでした。
まあ最初から飛ばしても仕方がないからなぁ、程度に考えていたのです。
何かがおかしいと思ったのは件のクラリネット・ソロの後にある最初の見せ場とも
言うべき部分です。
そこはトロンボーンがグリッサンドを多用する滑稽なメロディを
がなりたてるのですが、
その前段階から最初の一声にかけてまでが異様に寂しかったのです。
ホールの響きの関係か?などと疑いもしましたが「第三の誘惑」にある次の大きな見せ場とでもいう部分の金管の咆咾の物凄さを考えるとそれは違うのです。
そして辿り着いた結論は「弦楽器とのバランスを取るために押えているが、やりすぎ」なのです。
弦や木管とのちょっとした掛け合いの類が寂しい部分が多いのはそういう訳だったのか、
と随分とがっくりしてしまいはしました。
もっと残念なことにこの傾向はこの曲だけには止まらなかったのです。
しかし、さすがはゲルギエフ。
妙な所を頑張ってくれます。
普通は強調しないような音を強調して見せたりするのですが、これがまた絶妙なのです。
金管押え過ぎなのはこの一瞬の為なのか?などという場面が多々ありました。
基本的に言ってコンサートへ聴きに行くと云う行為はCD等からの安定した出力としての音楽を聴く事とは異なります。
やはり新鮮さが欲しい所です。その点に於いてはかなりよかったと云う訳です。
さて曲はいよいよ佳境に入って行きます。
今回の演奏は組曲版なので「女の踊り」の最後の部分から数分に渡って続く派手な見せ場が如何に盛り上がるのかが非常に楽しみでした。
しかし、結論から言うと物足りなかったのです。
この見せ場の最初を飾るのは「女の踊り」の最後にあるトロンボーン二本が交替して吹く長丁場のソロです。
これは長い上に如何にも難しそうなメロディーであり、とても格好が良いのです。
私はこのソロが大好きでして随分と楽しみにしていました。
しかし、何かこう、もう少し頑張ってくれぇと言いたくなるような演奏なのです。
二人の演奏者の間の音量音質的な差異が妙に気になるのです。
個性があってよろしい、とかいう問題ではありませんでした。
しかし「まあこのソロがほとんど聞こえない演奏は腐る程あるしなぁ」と
一旦気を取り直しました。
そのあとは大まかに言えば弦が次第に盛り上げて行き、最終的には弦管入り乱れた
絶叫の中で打撃的で一際激しい咆哮で曲を締めると云った所です。
しかし、何かこう盛り上がりに欠けるのです。
その前にある「第三の誘惑」の方がよほど盛り上がっていたように感じました。
また、「管弦入り乱れた絶叫」とやらも何かちぐはぐな感じがしました。
また組曲版の最後は全曲版のその部分を無理矢理終らせるパターンに持ち込んだ
ような作りになっています。
そこへ来て盛り上がりが微妙也とて足りないのでそのまま全曲版に突入して
しまうのではないかと要らぬ心配をしてしまいました。
結局「とても楽しく聴かせてもらいはしましたが、最後の最後で欲求不満」と いった感じでした。ちょっと残念。 しかし、やはり「この演奏が聴けて良かった」というのが正直な感想です。 今回の演奏会の目玉はこの曲だ、と思ってチケットを買った身としては 疑問こそ残るものの概ねは善と云った所です。 何しろ今まで気が付かなかった色々な良さを気付かせてくれましたからね。